古事記2

天岩戸事件

高天原での一番の大事件と言えるのが、天照大御神(アマテラスオオミカミ)が岩屋に籠って世界が真っ暗になってしまった、岩戸隠れのストーリーだと思います。

太陽を司る神様が隠れてしまい、世界が闇に覆われるというという流れは、現実に起こった自然現象とリンクしているという解釈があります。例えば、もし古代の人が日食を目撃していたならば、それはきっと恐ろしく感じられたことでしょう。他にも、太陽の出ている時間の短い冬至と結び付ける考えや、火山の噴火による大量の火山灰の為に太陽が見えなくなった、という説も存在しています。この自然災害と伝説を結びつける考えは他の話にも当てはまり、後に出てくる八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)の伝説についても、河川の氾濫などの水害と捉える解釈があります。

では、一体どの様な理由があって、天照大御神は岩屋戸の中に籠ってしまったのでしょうか。ここには、天照大御神の弟、須佐之男命(スサノオノミコト)が大きく関わってきます。
そもそも、父神である伊弉諾神(イザナギノカミ)は、天照大御神には高天原を、彼らの間に生まれた月讀命(ツクヨミノミコト)には夜の国を、そして末っ子である須佐之男命には海の国を治めるように申し渡していました。ですが母が恋しい須佐之男命は仕事を為さず、遂には父の怒りを買い、追放される事になってしまいます。
母の所へ行く前に、と、須佐之男命は姉の許を訪れます。実は、この時点で空気は何だか穏やかではありません。天照大御神は弟が高天原を奪いに来たと勘違いし、武装して出迎えているのです。

誤解を解くべく行われたのは、宇気比(誓約・ウケイ)と呼ばれるものでした。この誓約という行為は、方法は様々ですが古事記の他の場面でも登場しています。
今回の方法は、交換した互いの所持品を各々が噛み砕いて吐き出し、生まれた神の性別で判断するもので、須佐之男命の剣から天照大御神が生んだのは女性神、天照大御神の勾玉から須佐之男命が生んだのは男性神でした。結果を見て須佐之男命は断言します。己の持ち物から女性神が生まれたのは、自分の心が清らかだからである、と。

己の勝利を宣言した須佐之男命ですが、その後に高天原で為したことは、田の畔を壊したり、御殿の中に汚物を撒いたりという粗暴の限りでした。そして挙句には、皮を剥いだ馬を機織りの場に投げ込み、これに驚いた一人の機織り女が器具が刺さって死ぬ、という事件が起こってしまいます。
ここに至って、今までは周囲の神々からの陳情を抑えて来た天照大御神も耐え難くなります。ついに岩屋に籠ってしまうことになるのでした。

女神が隠れた事によるトラブルは世間が闇に覆われたばかりではありません。それに乗じて邪神が溢れ、災いが世に満ちていきます。

神々は策を講じました。中心となったのは、思金神(オモイカネノカミ)。天地開闢の時に二番目に現れた高御産巣日神(タカミムスビノカミ)の子になります。

思金神は幾人もの神々に命じて色々なものを準備します。岩戸の前で鶏を鳴かせたほか、作らせた鏡や勾玉を飾り、占いをさせ、祝詞をあげさせ、一人の女神に舞を命じます。そして、岩戸の陰に、腕力の強い男神を配しました。
この場に関わる神々はそれぞれに重要な意味を持ちますが、とりわけ有名であるのは、衣装を肌蹴させて舞い、観衆からの喝采を浴びた天宇受賣命(アメノウズメノミコト)と、力自慢の男神、天手力男神(アメノタヂカラオノカミ)でしょうか。
闇の世界での大騒ぎを訝しく思った天照大御神は、岩戸を少し開けて「何故その様に楽しそうにしているのか」と問いかけます。
対して天宇受賣命の答えは「もっと貴い神様がいらっしゃったからです」というもので、更には、その場で祝詞をあげていた天児屋命(アメノコヤネノミコト)と布刀玉命(フトダマノミコト)が天照大御神に鏡を見せ、それに映る自分の姿が新たな神であると、勘違いをさせてしまいます。よもやそれが自分の姿だと気付かない大御神が、新たな神とやらをよく見ようと岩戸を開けたところで、天手力男神が女神の手を引き、ここで岩戸から外に出すことに成功したのでした。

須佐之男命の追放 そして新たな展開へ

こうして、めでたく世は再び明るくなりました。──が、それで一件落着、という訳ではありません。次に為されたのは、事態を引き起こした須佐之男命への処罰でした。科されたのは贖罪の品を納める事で、更に、須佐之男命は髭と手足の爪を切って追放される事になります。

尚、岩戸の前で活躍した神々は、その後、今一度揃って登場することになります。「天孫降臨」という、天照大御神の孫が地上に降りる時には、思金神始め、天宇受賣命、天手力男神、その他の神々も付き従って降りているのです。その為、これらの神々を祖とする氏というのが存在しています。
(少し話がずれますが、『古事記』の編纂に関わった稗田阿礼が女性ではないか、という説があります。これは、稗田氏の元が女系の氏族、猿女君であるからですが、この猿女君の祖が天宇受賣命と言われています。ただ、『古事記』内で稗田阿礼は「舎人」と記されているので、男性と捉えた方がしっくりする様に思います。)

また岩屋の前に飾られた鏡や勾玉も、それらを作った神々と共に地上に降りて来ました。八尺鏡(ヤタカガミ)と、八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ) 、後に「三種の神器」と呼ばれる中の二つです。

神器の残り一つである剣も実は同時に持たされていますが、これは天岩戸の時には登場していません。草那芸剣(クサナギノツルギ)が『古事記』に登場するのは、ちょうどこの後、天界を追放された須佐之男命が退治することになる、八俣遠呂智の話になります。

古事記3